書くスキルの習得の準備としてのタイピングなら「かな入力」でも良いのでは?

今後、国語側でそれなりに書くことに時間をとるケースがでてきそうである。仮に手書きを回避したとして、文字入力は音声入力をさせるのだろうか?これに関連して、書くことの能力を身につける、という意味でのタイピングについて思うことを述べておく。

悪者にされがちなかな入力であるが・・・

ワーキングメモリを圧迫するローマ字 vs 記憶に時間がかかる「かな」

単純に「日本語で書くこと」を身につけるのであれば、ローマ字入力以外の入力方式のほうが優れているケースはある。これも「まさか」と思う人がいるとは思うが、ローマ字を扱うことが様々な意味で怪しいという環境はそれなりにある。

脳内ローマ字変換がワーキングメモリを圧迫しないでローマ字入力ができる人であれば、ローマ字入力で何の問題もない。現に、多くの優秀な人々は、ワーキングメモリが十分確保されているか、ローマ字入力を早い段階でワーキングメモリを圧迫しない形で身につけている。そのため、この問題そのものが表に出ることは多くない。しかし、そうでない環境も世の中には存在する。

かな入力はキー暗記が大変だという。しかし、逆に言えば、暗記がクリアできてしまえば問題はないということである。単純暗記は、たとえ学力が微妙でも、時間数を積み増して繰り返しの回数を増やすことで対処ができるので、まだなんとかなる可能性がある。

ある種のタイプのローマ字入力速度向上が止まる問題への解決する策が見つからない

タッチタイピングがある程度できるようになった後、入力速度を伸ばしていくにはある種の瞬発力を鍛える訓練が必要である。ローマ字の場合、タイピングを積み重ねることで脳内ローマ字変換能力と運動能力が向上してキー入力が早くなっていく。

しかし、この2つの能力が向上しにくいタイプについては、速度向上が頭打ちになってしまう。1分40文字(ほぼ手書きと同等)で頭打ちになるのであれば何も問題ない。しかし、1分20文字(ほぼ手書きの半分)あたりで止まられると困る。それでは、さすがに書くことに支障がでる。

ローマ字の瞬発力を向上させることが難しいケースへの決定的な解決策を、現状で私は見いだせていない(試行錯誤はしたし、ある種のケースの解決策は発見したが。)。これに対して、かなの抱える「暗記しにくい」という問題は「暗記時間を増やす」という明確な解決策が存在する。よって、かな入力が魅力的なのである。ゆっくり打っても、JISかななら1分40文字は問題なく出せるはずである(データはまだ収集していないが。)。

現状は、キー配列の暗記に時間がかけられないからかなが選択できない。キー配列の暗記に時間をかけられないのは「キーボード入力で行う活動の時間が少ないのだから、そのための準備時間はたいしてとれない。」というロジックによるものである。しかし、書くことの活動時間数が多く取ることになれば、このロジックは崩れる。書くことに時間を長く割くのであれば、書くことを快適にするための準備時間としてのキーボード入力の時間は長くとっても正当化される。

想定される文句1: かな入力は世間で使えない

かな入力は世間で使えないという反論がある。親指シフトNICOLA)ならともかく、JISかなは実際にたいていのPCで使えるのだからその反論はあてはまらないと思う。

私の場合は(サンプル数1)、本気で文章を考えて書く道具としては、ローマ字以外の入力方法で書いて、人の機械でそれ以外の適当な実務をするときはローマ字である。それでも十分かなの恩恵は得られている。

しかし、それでも色々という人がいるので別の反論も考えておく。

この国は、学校教育の文脈が実社会でどのように生かされるかは無視して良いということになってきた。長年国語を手書きでやってきているのもその現れであろう。汎用的な能力さえ学校で身につけさせれば、それ以外の能力は後から身につければ良いという考えであろう。

この理屈を使ってかな入力を弁護しておくと、かな入力が「社会では直接役に立たないが、書くこと、という汎用的なスキルを身につけるためには有用なスキルである。」となれば、別にかな入力そのものは社会で使えなくても良いということになる。そして、一部の生徒についてはその理屈が十分になりたつと私は考えている。

想定される文句2 : 時間をかけても得られるものが少ない

書く課題量が多くなってきたら、効率の良い早い配列が学校でのみしか使えないとしても、早い配列を覚えたメリットは大きくなる。課題量が多い場合、単位時間あたりの入力が少ないことで節約できる時間が大きくなることにつながる。

暗記はそんなに時間がかかるか?

私の半径3m以内でJISかなを指導した感じだと、世間でいうところの「暗記が大変」はあまりあてはまらないという実感がある。配列は、意外と覚えられる。

これは自分の経験とも整合的である。私も自分が中学のときにJISかなを覚えたときに「暗記が大変」だった記憶はあまりない(注: 私は暗記が超苦手)。3週間、早朝の30分程度にワープロ練習機で練習したら問題なく身についたはずである(もしかしたらそれより少なかったかも)。大学の1回生のときに親指シフトNICOLA)に切り替えたが、それでも「暗記が大変」だった記憶はあまりない。もちろん、最初の暗記する2週間ぐらいに不快な思いはあったが。

かな入力は暗記が大変、という問題はさっさと白黒をつけてしまいたい。少なくとも、かな入力にすることで増える暗記の時間を定量的に把握したい。このままでは「かな入力は無限に大変」となって、永久に選択肢から除外される。一度、小学生あたりを対象に、ローマ字とJISかなとNICOLAの習熟時間の計測をやってもらいたいものである。

4段を使った入力は確かに大変

ただし、必要な指の運動能力が身につけられるかに個人差はありそうである。特に、4段を使い切るという手の動きに慣れるのは大変そうである。

ただし、これは逆にメリットとも考えられる。Excelやプログラミングをやっていると、上部の数字や記号を避けると効率が悪い(または無理)。かなで4段を使い切る練習をすることでこれに慣れておくというのは悪い話ではない。

また、4段を使い切る練習はローマ字(英文)の入力にも生きてくる。3段ではごまかせていた自分のキーボード操作の弱点を、4段を使い切るということで明らかにできる、ということがありえるからである。ここで明らかになった弱点を改善することは、今後英文タイプやローマ字入力(に戻したとしても)をする上で確実に良い影響を与える。

同様の理屈でフリックや音声入力も認めても良いが

情報の時間でCUIを扱うならともかく、国語の時間であればフリック入力や音声入力も認めてあげても良いと思っている。ただ、この国は金がない。フリックや音声を保証するだけの金がない。よって、ある程度はキーボードで頑張らざるを得ない部分がでてくる。これは仕方がない。

環境を整えないと書くこと嫌いを量産するだけ

国語ではないが、私は書くこと自体はそんなに苦痛ではない。中学や高校のときからそうである。手書きでは書けないが、ワープロであれば書ける人である。質は問わないが。ただし手では書けない。国語の人に受ける文章も書けない。それにも関わらず書くことが苦痛にならなかったのは、タイピングと学校で書くことを強要されなかったことによる。

私は、多くの場合は、手書きの数倍のスピードで大量に文章を打ち込んでしまってから、直していく、というスタイルで書いている。それも時間を置いて何回か直すというスタイルを取る。これだからこそ書けるとも言える。一定以上の年齢になるまで、それ以外の書き方では私は書けなかった。特に手書きは無理だった。

もし、中学のときの私が手書きのスタイルで大量の文章を書く訓練を学校教育として強要されていたら、物を書くのが嫌になっていたと思う。そういうのだけは発生させて欲しく無いなと思わないでもない。

このまま、何の準備もなく手書きで書くことの時間数が増えたら、書くこと嫌いが量産されそうで恐ろしいな、と思う今日この頃である。